【書評28】幸福学 ハーバードビジネスレビュー編集部
EI = Emotional Intelligence シリーズの1冊目が幸福学である。
幸福学という学問が存在し、
幸福経営学が、
現代型の経営に必須になってきているという
新しい潮流に焦点を当てたものである。
本書に、多くの研究成果が掲載されているが、抜粋すると、
幸せな者は、不幸せな者よりも
有能な働き手であり、
エンゲージメント(意欲、愛着、一体感など)が高く、
独創的で、生産的であり、
新たなことに挑戦する。
十分な睡眠をとり、運動を行い、瞑想し、
人脈を広げ、感謝をしていて、
組織などに対して献身的である。
仕事に満足し、仕事から多くのことを学び、
同僚の士気を高め、安全に働き
顧客を満足させ、
組織市民行動も行なっている。
いいことだらけである。
一方で、本書では、
幸せについて、幸せの追求について、批判的な文章が掲載されている。
良い点ばかりに焦点を当てるのではなく、
弊害・デメリットにも焦点を当てているのが
本シリーズの優れた点と感じる。
各論文の要点を簡単に記す。(ただし全体は長文です)
○職場での幸福は重要である アニー・マッキー
職場に頭と心でしっかりコミットしている人は、
アメリカの2013年の調査では30%。
多くは、生活の糧を得るため、週末を迎えるためだけに働いている。
職場が好きでない人たちは、自己の生産性の低下だけでなく、
周りに悪影響を与えている。
職場で十分なエンゲージメントと幸福感を得るために欲しいものは次の3つ
1)将来に向けた有意義な展望
2)意義のある目的
3)素晴らしい人間関係
○幸福の心理学 ダニエル・ギルバート、ガーディナー・モース
幸福は測定できるが、
人は、何が自分を幸福にするのか、
また、その幸福がどのくらい続くかを予測することが
あまり得意ではない。
ポジティブな出来事は、実際以上に自分を幸せにすると予想し、
ネガティブな出来事は、実際以上に自分を不幸にすると予想する。
出来事は、幸福に一過性の影響しか与えない。
些細なことの積み重ねが、幸せの糸口となる
マネージャーの中には、満ち足りているより、
仕事には、若干の居心地の悪さや、
不安感を与えた方が良いと考える人がいるが、
著者が知る限り、気をもみ、怯えている社員の方が生産性が高いというデータはない。
満ち足りなさや、不安感ではなく、
適度に挑戦しがいのあることに取り組み、
それを達成していようとしている時に
人は最も幸福であることがわかっている。
挑戦と脅威は同じではない。
○幸福研究の未来 マシュー・キリングスワーク
スマートフォンを用いて、
トラック・ユア・ハピネスという
83カ国、1万5千人の人を対象にした研究が行われた。
この研究から判明した主なことは
人間の心は、1日のほぼ半分はさまよっていて、
気分を落ち込ませる要因になっている。
一方、集中している時間は、幸せと感じている時間である。
幸福の原動力は、日々の小さな事柄(の集中)かもしれない。
○否定的な感情がないことが幸福ではない ジェニファー・モス
著者の夫が重い病気にかかった。
その体験から導き出したこと。
重い病気の克服のために、
理学療法や作業療法とともに、心理的なサポートが必要であった。
その原動力は、「感謝」である。
夫は、感謝の気持ちを日記に書き始めた。
またポジティブ心理学の5つの要素を徐々に取り入れた。
わかったことは、
私たちは幸福とは何であるかを誤解しているだけでなく、
間違った方法でそれを追い求める傾向があるようだ。
幸福ビジネスは、幸福を目的にしているが、
本当に重要なのは、そこに至るプロセスである。
何をしている時が一番幸せかを発見し、
その活動に定期的に関わることで、
私たちは充実した人生を送ることができる。
※ポジティブ心理学の5つの要素
・ポジティブな感情
・エンゲージメントを高める
・関係:他者と有意義な関係を持つ
・意味:人生の価値ある意味、価値ある理念のために行動すること
・達成・業績:より良い自分になるために努力し続けること
○インナーワークライフの質を高める進捗の法則 テレサ・アマビール、スティーブン・クレイマー
インナーワークライフとは、個人の職務経験・体験のことを指す。
DNAを発見したワトソンとクリック、
彼らの感情・モチベーション・認識を左右したのは、
「進捗=進捗のあり・なし」であった。
そこで7社の26プロジェクト 283名の研究を行い、
創造的アウトプットと、インナーワークライフとの相関を見つけた。
精神的な圧力や恐怖が成果を促すという俗説とは反対に、
少なくとも知識労働の分野では、
満足を覚え、仕事そのものに意欲を持ち
所属する組織や同僚のことを前向きに捉えている時に
創造性と生産性が高まる。
また、仕事への責任感が高まり、
周囲の人にもっと平等に接するようになる。
進捗を促す状態=インナーワークライフがプラスの状態を
作り出す要素は、
・仕事の援助や支援
・敬意の表明や激励の言葉
・仕事が有意義と感じること
逆にマイナスに向かわせる・マイナス状態を作り出す要素は
・仕事を支援しない、または妨害する行為
・気持ちをくじく出来事
したがって、人が進捗を感じるように、
・小さなマイルストーンを設ける
・インナーワークライフがポジティブになる要素を、
日常で出来るだけ多く用いる
逆効果は、いわゆるマイクロマネージャーと呼ばれる人たち
その人たちの特徴は
・仕事をする際の自主性を認めない、メンバーの一挙手一投足に指示を出す
・部下によく尋ねるくせに、仕事の手助けは行わない
・問題が起きると、すぐに人を責める
マイクロマネージャーが善意の人であり、
善意からの行動であっても、
チームに思うような進捗がなく
人が離れていってしまう。
○幸福のマネジメント グレッチェン・スプイツアー、クリスティーン・ボラス
安定的に高業績をあげる組織の秘訣について調査したところ「幸福感を抱く社員は、そうでない人と比べて長期にわたって高いパフォーマンスを上げる」
欠勤が少なく、離職率が低く、求められた以上の働きを行い、意欲の高い人材を引き付ける。そして短距離走よりもマラソン向きで、すぐに息切れすることがない。
職場で幸せと感じる社員の2つの特徴
1. 活力をみなぎらせている。生きているという実感と情熱にあふれ、胸を高鳴らせている
2. たゆまぬ学習をしている。新しい知識や技能を身につけ成長していく
社員を成功させる方法、幸福を感じさせる方法
1. 判断の裁量を与える
2. 情報を共有する
3. ぞんざいな扱いを極力なくす
4. 成果についてフィードバックを行う
成功するための個人戦略
1. 休憩をはさむ
2. より意義のある仕事をする
3. イノベーションと学習の機会を探す
4. 元気のでる人間関係を大切にする
5. 社外活動への波及効果に目を向ける
○職場での幸福について見落とされていること アンドレ・スパイサー、カール・シーダーストロム
幸福は必ずしも生産性の向上につながらないという研究がある。
この幸福は、しばしば職場満足度と定義されている。
職場満足度と生産性は、イギリスのスーパーマーケットを対象にした研究では府の相関がある。逆の結果の研究もある。全体としてみれば、職場満足度と生産性の相関は弱いといえる。
幸福の追求、幸福を求めることばかり意識していると、むしろ幸福度が下がるという研究もある。幸福が義務になると達成できないときに、みじめな気持ちになる。
職場で幸福を求めると、上司との関係に悪影響をもたらすことがある。上司からの正当な評価と感情面の励ましを、絶え間なく欲しがるようになる。上司から期待通りの反応が得られないと、自分が見放されていると感じ、過剰に反応することが出てくる。自分を幸福にしてくれるのは上司だと期待していると感情面でもろくなる。
人は常に仕事で幸せになるべきだという期待を考え直す証拠が十分でている。
その期待は、自分を疲弊させ、過剰な反応を引き起こし、自分をもろく、だまされやすくして、孤独にすることもある。
仕事に幸福を求めすぎず、仕事に冷静に向き合い、ありのままに見つめることが必要である。
〇幸福追求のパラドックス アリソン・ビアード
著者は、幸福について書かれた記事や本を読むことにうんざりしている。
著者は、ネガティブな気分に覆われることがしばしばあり、いつもハッピーな気分でいる人生など想像できない。実際、そうである人には懐疑的である。
2009年から、いくつか同様の論点の書籍が増えている。
エッティンゲンは、明るい幻想から目を覚まして現実の障害を分析することが大切である。
カシュダンとビスは、ネガティブな感情には良い面もある。
マクゴニガルは、ストレスがあったとしても、それを穏やかな心で受け止めることができれば、
心身の健康は阻害されないばかりか、むしろ改善される。
セルドンは、ただ快楽を追い求めることをやめ、
より有意義なことに心を向けるようになったことで喜びを得ることができる
多くの著者の誰一人として、幸せな人生を目指す個人の生き方に、異議を唱えていない。
「幸福の追求」ではなく、本当に目指しているのは「長期的な達成」である。